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イシダ博物館【国語】

」を計る東洋の心

 わが国の※度量衡に多大な影響を与えたのは中国です。大宝律令(701年)で制度化された尺度は中国の『租黍(黒キビ)』一粒の幅を基準としたもので、隋、唐をへて奈良時代に日本へ渡来しました。尺度の原器は宮廷で帝王が吹く笛-黄鐘−で、これは「笛の音の高さが一定ならば長さも一定である」ということに着目して定められた絶対的な基準です。この笛の長さは黒キビ90粒分に当たるので、その1粒を1分、1○分を寸、10寸を尺、10尺を丈、10丈を計としました。また、この笛の体積とこの中に入る黒キビの重さで体積や質量の基準としたのです。

 
このように、笛と度量衡が関係づけられたのは偶然ではありません。漢代のこの制度は、音律の調和を正す目的で作られたということに関係しています。度量衡は、政治や社会制度を整えるため必要なものですが、中国の場合、音律の調和のために重視されました。

 周代後半(紀元前403年1紀元前220年頃)の長い戦乱の中で、孔子、孟子などによって哲学が生み出され、『礼』と『楽律』と『暦』とは秩序と調和の象徴として人と自然を調和するものとなっていきました。そして、その基準となる度量衡は最も基本的なものとして重視されるようになったのです。

 
『治定まり、功成りて礼楽木おこる』『世が乱れれば礼はすたれ、楽は乱れる』『衡乱れれば世も乱れる』といいます。正しい音律や度量衡が保たれている時は、政治も民心も正しく、これが乱れる時は国も人心も乱れると思われていたのです。この音律を整えるのが黄鐘笛であり、この笛の長さ・形を整えるのが尺度だったのですから、いわば度量衡は万物の基礎といえるでしょう。また、楽律と同様、秩序と調和の象徴とされた暦を定めるためにも、度量衡の統一が必要でした。

 このように学究的なもののためではなく、世の乱れを正す基礎として度量衡が必要とされたのです。そこには、国や人心、自然の和を重んじる東洋の思想が表れているように思われます。

 ※度量衡(どりょうこう)・…・・長さ・容積・重さのこと。またそれらをはかる器具のこと

 

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